ホームコラム 熊野古道から世界のイマを届ける第2回:脱サラして田舎に移住した変な奴がやるカフェと宿in熊野古道 その2

コラム 熊野古道から世界のイマを届ける

コラム 熊野古道から世界のイマを届ける

第2回:脱サラして田舎に移住した変な奴がやるカフェと宿in熊野古道 その2

カフェと2件目の宿を作った頃、世界からのニュースで突然「コロナ」という言葉を聞いた。まだその当時は「なにか流行っているらしいけど、田舎には関係ないんじゃない?」との認識しかなかったのに、あっという間にいろいろな国がロックダウンし、日本も例外なく人の移動が制限されました。そして、熊野古道にも旅行者がいなくなった。

今までにこんな経験はなく、カフェも宿もどうしたものかとはじめの頃は思っていたのですが、固定費を最小限まで削除し、つつましやかにベーグルのネット販売をし、カフェのメニューを日本人向けに変更したら、そこそこの売上があり普通に生活できたのが、ここ田舎でした。そして、野菜や肉(鹿肉など)はもらい、季節になったら山菜を採り、時には近所のじいちゃんに手伝ってもらいながら畑仕事をしていたら、2年という歳月がすぎていました。

無事、コロナ禍を乗り越えた。

コロナ禍を乗り越えた熊野古道で変わったこと

コロナ禍前と後で大きく変わったことがありました。それは来る観光客の国が違うということ。日本のインバウンド観光客の多くを占める中国人、台湾人が、コロナ禍前には熊野古道でほとんど見られませんでした。多くはオーストラリアやヨーロッパ、そしてアメリカからのお客さんで、白浜や串本には、観光バスで中国人が多いらしいよという噂を聞いていた程度。

しかし、コロナ禍後の2024年秋では、多くの中国人、台湾人の方たちが山歩きに熊野古道へやってくることが増えました。感覚ではありますが、アジア圏の人たちはそもそも山歩きの文化があまりなく日本人である私も感じることですが、アクティビティや綺麗な景色、食、温泉、ショッピングなどがある旅行を好んでいたんだと思います。しかしコロナ禍の間、特に中国の都会では家の外に出られなかったことがあり、人々は山にハイキングに行くようになったそうです。そしてハイキングクラブなどが流行り、隣の国である日本に「熊野古道って世界遺産のハイキングできるところがあるらしいよ」ってことで、熊野古道に歩きに来たということでした。

もともと都会で仕事終わりに2時間歩いて家に帰ったりしていた私ですが、実はここに住むまでハイキングや山登りに興味がなく、自分から行きたいとは思わなかったものです。最近では、暇な時に発心門王子から本宮大社3時間や発心門王子から湯の峰2時間半などの山歩きをするようになりました。これもコロナ禍による大きな変化かもしれません。

熊野古道の魅力を知ったのは、スペイン

    熊野古道にいるのに、この魅力を知ったのは、つい昨年です。

    熊野古道と姉妹提携している世界遺産の道がスペインにあるのをご存知ですか?熊野古道が本宮大社への巡礼の道であるのと同じようにサンティアゴ大聖堂への巡礼道、カミーノ・デ・サンティアゴ巡礼。熊野古道へやってきた人たちの中には、サンティアゴ巡礼に行ってきた人たちも多く、どれだけよかったのかを私に教えてくれます。そんなに良いのならば私も歩いてみるか?と2024年冬にサリアという街からサンティアゴ大聖堂までの約120キロをひとりで歩いてきました。

    ・巡礼の様子は下記より

    https://note.com/kumanoyasai/n/n0162dddb13e8

    そして、その魅力を知りました。

    通常の旅行では、いろいろな人たちと知り合ったり、時には友達になったり、時には恋人になったりすることはほとんどないと思います。しかし、この熊野古道巡礼とサンティアゴ巡礼では、そんなことが多く発生します。なぜなら、同じ日程で同じ道を歩くからです。熊野古道であれば、1週間弱の日程で滝尻から那智勝浦まで歩きます。毎日歩く道中で出会う人は同じだったりするわけです。最初は「良いハイキングを」と声をかけていたものが、「あら、また会いましたね」になり、「どこから来たの?」「今日はどこに泊まるの」とお互いを知ることになります。そんな旅ができるのって、ここ熊野古道ならではなのではないでしょうか?そして、旅行者の人たちは口々に言います。熊野古道は美しいし、人々は親切だと。

    こんなエピソードがありました。ある日、道の駅で財布を忘れた人がいました。その人は道の駅から歩き、熊野古道が目の前の熊野野菜カフェを通ります。そこで道の駅の人は、財布を忘れていることを伝えてほしいとカフェの目の前の井谷商店に電話をくれました。容姿を聞いていた私は、店の前を通りかかった彼らに声をかけました。「財布忘れてない?」と。会ったこともない人に突然言われて、彼らはとても驚き、財布を忘れたことも気づきました。結局、道の駅の方がキャンプ場まで財布を届けてくれることになりました。海外から来た彼らは、そんな地元の人たちの連携プレーに驚き、賞賛してくれました。私が住む地域が昔からの宿場町であるからなのかもしれません。

    私がここに住み続ける理由は、こういったことにあるのだと思います。

    次回

    第3回:私が熊野古道を飛び出して彼らの国へ行く

    ナカオカシノ

    熊野古道の人気の中辺路ルートに宿・次世代教育を展開する合同会社うめぼしの代表。そして、熊野野菜カフェのオーナー。東京の大手代理店を辞めて、突然移住したのは、縁もゆかりもない熊野古道がある和歌山県紀南地域だった。

    インバウンド観光客であふれるここ熊野古道から見た、世界のイマを旅行者たちとの実体験とともにお届けします。

    合同会社うめぼしでは、宿やカフェを使ったインバウンド観光客へのアンケート調査/商品サンプリングなどを酒造メーカーと展開したり、宿業や飲食店をやりたい人への教育プログラム開始し、宿やカフェを超えた取り組みを一緒に展開できる企業を募集中。

    お問い合わせ:nakaoka@umebosi.jp
    合同会社うめぼし:https://umebosi.jp/

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